読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Remember the love:『ドキドキ!プリキュア』と“愛”の話

 録りためていたBS再放送の『ドキドキ!プリキュア』を今日見終わったので、雑記という形にして短い感想でも書こうかと思ったのですが、思いのほか筆が乗ってきてそこそこの分量になったので、単独で公開することにしました。というわけで『ドキドキ!プリキュア』の話です。

 

f:id:hitotosem:20170517150237j:plain

 『ドキプリ』って、設定自体はかなり重めですよね。まず、トランプ王国の話が重い。「ある国の王が不治の病に侵された自分の娘を救うために禁忌を犯し、その結果王国が滅亡する」って、なんかシェイクスピア悲劇に並んでいてもおかしくないような感じがします。しかも剣崎真琴は施設育ちの孤児ですし、円亜久里も事実上孤児なので、プリキュア5人中2人がみなしごなんですよね。かと思えば相田家は絵に描いたような幸せな家庭で、菱川六花は医者の娘で、四葉ありすは財閥のお嬢様という。あまり意識させないようにはなっていますが、その実結構アンバランスな5人だったりします。

 けれど、そんなアンバランスさは全く問題ではないんですね。何故ならそこに“愛”があるから。『ドキプリ』を見ていると、ビートルズの“All You Need Is Love”が頭によぎることがあります。(YouTube消されてたのでニコニコ動画の方を貼っておきます)

 

 

 ジコチューが浄化される時の声とイントロが似てるとか、そういう話ではないですよ。できないことはできない、作れないものは作れない、でも“愛”があれば別にいいんだっていう。まこぴーのこのセリフなんかがまさにそうですね。

実はね、私も両親がいないの。私がまだ赤ちゃんだった頃に、事故でなくなったんですって。だから私は、お父さんやお母さんの顔は、ちっとも覚えていないの。でも、寂しくなんてなかった。私たちは、王女様の愛に包まれていたから。

(第42話「みんなで祝おう!はじめての誕生日!」)

 

 音楽についての知識はあまり持ち合わせていないので、的はずれなことを言っているかもしれませんが、ジョン・レノンのある種の平和主義的な諦めみたいなものが『ドキプリ』には見られるような気がします。例えば42話で亜久里の誕生日を祝うくだり。誕生日がわからないのはもうどうしようもない。わからないものはわからない。じゃあ今日が誕生日ということでいいじゃないか、祝っちゃえ、っていう。なんだか“Happy Xmas (War Is Over)”のような感じがする。(和訳するのもなんだか恐れ多いので原文だけ載せます)

And so this is Xmas (war is over)
For weak and for strong (if you want it)
For rich and the poor ones (war is over)
The world is so wrong (now)
And so happy Xmas (war is over)
For black and for white (if you want it)
For yellow and red ones (war is over)
Let's stop all the fight (now)

f:id:hitotosem:20170517150238j:plain

 

 亜久里に関しては、自分の正体も年齢もわからなかったわけです。それでも“愛”があれば家族にはなれるのだということを、円亜久里と円茉里は証明して見せました。血の繋がりも年齢も、亜久里が何者であるのかも、とにかく物質的なものは全て“愛”の前では一切関係ないのだということが、そこには暗に示されています。

これは、大切な孫がわたくしのために描いてくれた絵です。消えてしまっても、込められた愛は色褪せたりはしません。あなたの思い、伝わりましたよ。ありがとう、亜久里

(第43話「たいせつな人へ!亜久里の授業参観!」)

 

 ですから、まあとにかく『ドキプリ』は“愛”なわけです。相田マナ(本来の表記は相田愛)って名前がもう「愛だ愛!」って感じですし、ジコチューも“愛”と表裏一体の存在で、生命が生きている限り誰の胸からも“愛の鼓動”は消えたりしない。しかもその上、出自が問題にならない世界でもある。“この世界つなぐものそれは愛”であり、“君と手と手つないだらもう友達”なのです。キングジコチューが開けた時空の穴は、最終回でそのまま残されました。そして、さしたる問題もなく、2つの世界は共存している。これも“愛”ゆえのことです。最近では現実の方のトランプ王国が問題になっていたりもしますが、徹底的に純化されたフィクションの世界から学ぶべきことも、実はたくさんあるのかもしれません。

好きだから。あたし、レジーナが好きだから。それだけじゃ、ダメかな。レジーナが好きだから、レジーナが愛するパパも好きになれる。好きになりたい。わかり合いたい。

(第47話「キュアハートの決意!まもりたい約束!」) 

 

 そんなわけで、夜明けでも、夕焼けでも、真夜中でも、コーヒーを飲んだ回数でも、インチでもマイルでも笑顔でも争いでもなく、愛で人生を測ろう(measure your life in love)と歌ったあの名曲を、結句の代わりとさせていただきたいと思います。

 

 

 

※余談

 最終話でイーラが「まあ、あいつらがいたんじゃな」と言って立ち去るシーンがありますが、その時のカット、レジーナ含めて6人映るのですけれど、偶数なのに立花がちょうど真ん中なんですよね…。こういうさりげないところに潜んだエモ、とても素敵だと思います。

f:id:hitotosem:20170517150521j:plain
広告を非表示にする