cubic in another

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アニメの感想など

「青春」を創作する(『宇宙よりも遠い場所』1話がやっぱり素晴らしいという話)

※面倒ですが、別窓でを参照しながらお読みください

 


響け!ユーフォニアム』といい『ラブライブ』といい、最近の花田十輝さんはエモいものばかり書くなあと思っていた矢先、『宇宙よりも遠い場所』という青春そのもののようなアニメがはじまりました。

 きっと「青春」とは「足掻くこと」なのだと思います。これは昨年末『ラブライブ!サンシャイン!!』を観て感じたことでした。世界というものの大きさに対して、それでも何かができるのではないかと、足掻いて足掻いて足掻きまくること。それが「輝き」であり、「輝きを見つけること」なのだろうと。

『よりもい』もまさにそういう要素を含んでいて、学校をサボることにさえ躊躇いを覚えてしまうちっぽけな少女と、南極という「宇宙よりも遠い場所」との対比が、途方もないエモを生み出している。そんな『よりもい』1話の演出設計の丁寧さには、目を見張るものがありました。

 そのすごさを一言で表すと、「映像に固有の“時間”を創作している」といったところでしょうか。最も顕著なのがBパート終盤、挿入歌が流れるところ。公園で会話をする、自室でチラシを観て考え込む、冷蔵庫の前で悩む、寝れずにやきもきする、この4つの異なる時間を玉木マリの主観に寄り添う形で巧みに繋ぎ合わせ図1*1、映像に固有の時間に昇華させている。さらに、冷蔵庫に貼られた日本地図が彼女の心情描写になり、蛇口から滴る水が、Aパートのホームとリンクする(図2)。そして布団の中で決意を固め、挿入歌が終わり、空が晴れる(図3)。その晴れた空の下、駅に向かう。今度は電車に乗る(図4)。散らかっていた部屋も、すっかり片付いている(図5)

 モンタージュと言うのでしょうか。それぞれのカットが前後との関係、30分の中の時間差によって意味を獲得し、とてつもないエモが表出する。この構成がとんでもなく巧い。

 そして極め付きはこれ。

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©YORIMOI PARTNERS

 何かしようと思いつつも、いざとなると怖くなってやめてしまう。そんな玉木マリにとって小淵沢報瀬は何よりも眩しく、ニヤリと笑うその笑顔は、まるで世界そのもののように映るのでしょう。だから思いっきり被写界深度を浅くする。そしてアバン1カット目の鳥(図6)が飛び立ち、手帳に書いた通りの「青春」が動き始める。


©YORIMOI PARTNERS
(ここ本当に、タイトルの出し方まで含めて全部素晴らしい。表情も最高)

 

 と、目立つ部分だけを勢いに任せて語ってみましたが、全体を通して客観と主観の絶妙な狭間で、寄物陳思的にカットを積み重ねている印象がありました。*2 主観カットや、若干ナナメの不安定な構図、モニターや鏡を使った構図などを丁寧に重ね、レンズの絞りを大胆に開く。そうして「私」と「世界」の境界線を曖昧にしたまま映像を紡いでいく。これが「青春」を創作するということなのだと思います。

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©YORIMOI PARTNERS

 これはいわゆるセカイ系のような意味で言っているのではなく、現実は現実で、高校生は高校生で、南極は南極で。でも何かできるんじゃないか、どこか遠くに行けるんじゃないか、そう思ってしまう。不意に「私」と「世界」とが繋がってしまう。目の前の笑顔が世界を覆い隠してしまう。そんな「大人になる」過程で誰もが抱く感覚を、アニメーションという「時間と空間の創作」として描いているのが『よりもい』なのだと思います。

*1:1/21追記:観返して思ったんですが、この言い方ちょっと違っていて、「後ろ3つのシーンを順番通り進めつつ、そこに公園のシーンを重ねている」ぐらいの方が正しいですね。すいません。

*2:寄物陳思:物に寄せて思いをべること