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アニメの感想など

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』第8話の画作りと「リアリティ」

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 第8話

[脚本:吉田玲子/絵コンテ・演出:澤真平(シリーズ演出:藤田春香)/作画監督:岡村公平]

 


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©暁佳奈・京都アニメーションヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 言葉にならないから目で語る。まだ言葉を知らないから目で語る。とにかく目、目で語るのが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』第8話でした。瞳の奥に一瞬だけ立ち現れる感情が、これ以上ないほど情動的に描かれている。「人の手で描く」ことの際限のない表現可能性には、ただただ驚かされるばかりです。

 そんな『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』第8話では、あらゆるものがキャラクターの視線を通した形で画面に表れていました。絵コンテ・演出を担当した澤真平さん自身も、“そんな二人の心の交流を、互いの視線に込めて演出させていただきました”* と言っています。これは、石立太一監督の“「彼女の見た世界」ではなく「世界を見た彼女」を描く。その客観的視点こそがこの作品に相応しいのではないか”* という考えとは、ある種対極ともいえる画面の作り方で、「彼女の見た世界」そのもののような、手ブレ効果を加えた主観カットも多用されています。ヴァイオレットの回想に基づくシーンが大半を占めるからこそ、敢えてこういう画作りで臨んだのかもしれません。

 レイアウトの取り方も、「視線」に寄り添ったものになっていました。目だけ、口だけ、足だけ——私たちが普段見ている範囲は案外せまいのだなと気付かされるような画面設計になっています。*1

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©暁佳奈・京都アニメーションヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 このように、画面自体を人の視線に寄せ、見える範囲を限定することによってリアリティを出すような手法は、同じ京都アニメーション制作の『響け!ユーフォニアム』で積極的に取り入れられていました。石原立也さんと山田尚子さんが、『アニメスタイル007』で非常に興味深い話をされています。

小黒 『響け!ユーフォニアム』は特殊な画作りをしていましたよね。「レンズを意識した画面づくり」を基本にしていて、さらに言うと「被写界深度の浅い世界」になっていた。
 レンズについては、おそらく最新のいいカメラではなくて、ちょっと昔のカメラで撮ったような、味わい深いカットがもの凄く多い。作り込みも徹底していて「ああ、TVアニメでここまでできるんだなあ」と思いました。ああいった画作りでいく事になったのはどうしてなんですか。

石原 そうですね。まあ、うちの作品では前から多少はやっていた事ではあるんですが。そもそも、今の皆さんが普通に使っているデジカメとか、TVで見る映像とかって綺麗すぎるんです。少なくとも僕は綺麗すぎると思っていて、これはもう逆に「リアルではない」んじゃないかと。日常生活で人間の見ている世界以上に、高画質になっちゃってると思うんですよ。

小黒 つまり、クリアすぎるって事ですか?

石原 そう。クリアすぎると思いますね。なのでむしろ、人間が見ているそのままの印象とか、記憶にある景色とか、そういうものに即した画面にしたい。それを実現しようとすると、画面の周囲がボケたりとか、古いレンズで撮ったような画面になる。そっちの方がリアルだと思うんですよね。

〔中略〕

石原 あと、年を取ると目玉の水晶体が濁ってくるんで、見てるものの彩度とかが若干変わってくるらしいですね。
山田 黒とか全然違うと聞いた事があります。
石原 だからほら、年を取ると派手な服を着たがるのはどうもそういう事じゃないかっていう説があるみたい。
山田 なるほど。
小黒 被写界深度の話に戻りますが、被写界深度の浅い画と、パンフォーカスで手前から奥までよく見える画では、表現できる事が違うはずですよね。「青春ものをリアルにやる」という作風には、今回の画作りが向いていた気がします。
山田 そうですね。青春の、視野の狭さと。余裕のない瞳孔の開いた感じと。
石原 「そこしか見ていない時の感じ」ですね。被写体を画面から浮き立たせたい場合に、被写界深度を狭めてそこだけ映す。ただ今回はキャラクターが多かったので、ひとフレームに収めなければならないシーン等では必然的にパンフォーカスになる事もありました。

「真っ向勝負で作った「青春アニメ」」『アニメスタイル007』より

『ヴァイオレット』8話の被写界深度の浅さも、この「そこしか見ていない時の感じ」を狙っての撮影処理だと思われます。Bパート序盤のシーンが最も顕著です。

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©暁佳奈・京都アニメーションヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 ここでは、「彼女の見た世界」だけではなく、「ギルベルトの見た世界」——言い換えれば、「ギルベルトの見たヴァイオレット」も描かれています。光の中に浮かび上がるヴァイオレットは、人の目を通して見ているからこそ、何よりも美しく浮かび上がって見える。この美しさは、アニメーションという「人の目を通して見たものを人の手で描く表現」自体の美しさとも通じているように思います。

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©暁佳奈・京都アニメーションヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 また、先ほど引用したインタビューで、「年を取ると見てるものの彩度が変わる」という話が出てきましたが、心情によっても彩度は変わって見えるのでしょう。『ヴァイオレット』8話Aパートでは、彩度の対比を使ったある種容赦のない表現がありました。

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©暁佳奈・京都アニメーションヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 この彩度の対比だけでも十分見事ですが、何より素晴らしいのは紅葉を背景にした以下のシーンです。この時のヴァイオレットにはきっと、ギルベルトしか見えていない。でもギルベルトのいる世界は、何より色鮮やかに美しく見える。だから背景に紅葉を敷き、思いっきり被写界深度を浅くする。「見えていない」部分を鮮やかに染める。全くもって非の打ち所のない、「リアリティ」そのもののようなフィルムになっています。

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©暁佳奈・京都アニメーションヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

「見ている」ヴァイオレットを強調するようにカメラが寄る。

 そして、ギルベルトのいなくなった世界からは、色そのものがなくなってしまう。無色無光の「黒」が画面を覆い尽くし、強制的にAパートを終わらせる。完璧です。もう一度言います。完璧です。*2

©暁佳奈・京都アニメーションヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 

 というところで、さらに驚かされるのがアバンの1カット目。このエピソードは〈色のない世界で起き上がると、色のある方向にギルベルトがいる〉という内容のカットではじまっています。もう一度だけ言います。完璧です。

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©暁佳奈・京都アニメーションヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会 

 

 

 


*1:こういう映さないレイアウトも非常に巧い。

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*2:強制的にEDに入るようなBパートの終わり方も完璧です。