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アニメの感想など

『HUGっと!プリキュア』15話と16話について

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HUGっと!プリキュア』15話、一見すると好き勝手に遊びまくっているような印象がありますが、その実かなり計算された演出だったと思います。ちょっとした間の取り方やSEひとつとってもピタッと嵌まる感触がありますし、何よりノリと情緒の緩急の付け方が圧倒的に上手い。否応なく感情を揺さぶられてしまいますし、ギュイーンとソウルがシャウトしてしまいます。いろいろ言葉を探したのですが、「丁寧な力技」というのが一番しっくりきました。

 

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 ルールーがはじめて怒る話数を田中裕太さんに投げたのは、シリーズディレクターのお二人やプロデューサーの判断でしょうか。何にせよ、これ以上ないほどの適材適所だったと思います。こういうコミカルな膨れ顔もあの演出のなかでは違和感がありませんし、テンションの高いシーンから情緒的なシーンへの落とし込みが、ルールーの無意識の変化と上手くシンクロしていたと、少なくとも事後的にはそう言えると思います(というかたった3話でここまで表情豊かになったことにびっくりです)。

 

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 こういうのを1カットでやってしまうあたりは、やっぱりすごいなあとしか言いようがないですね。

 

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 フレアを効果的に使ったレイアウト。15話の中でも、かなり情緒に振ったシーンですが、この後一気にギャグ(えルっとプリキュアに振り切ります。この振り回し方がまたなんとも素晴らしい。ずるい。

 

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私も…ヒーロー!

『ヒロアカ』を彷彿とさせるシーン。こういう屈託のない憧れを描ける作品は、絶対になくなってはいけないなと思います。後ろ姿がかっこよくて、光ってて、かつ野乃はならしさがあるあたりが最高です。

 

 対して16話は、全体の構成や流れよりも個々のレイアウトや芝居に賭けていたように思います。今石洋之さんが「(『グレンラガン』)8話のBパートとかは、ほとんど感情だけでコンテをきっている」*1と言っていましたが、その感覚に近いかもしれません。あるいは、絵コンテの仕事自体の経験がまだ少ない*2 というところも影響しているのかもしれません。ともかく、熟練のコンテマンのそれにはない「荒さ」と「繊細さ」があった、と思います。

 

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 こういうシーンは、まさにド直球です。全体の構成や纏まりではなく、その時々のキャラクターの感情によって、如何様にも場面が変容していく。そうした演出は、感情のすれ違いを描いたこのエピソードのあり方とも合致していますし、「力のプリキュア」たるキュアエトワールとも通ずるところがあるように思います。だからこそ、3人の手が重なるカットは、力強く真正面から響きます。

 

 とはいえ、16話はとかくアクションが、芝居が、作画が素晴らしいの一言に尽きると思います。個々の芝居やレイアウトを直球で投げ込む演出は、コンテを切った人が作監や原画を担当してこそ可能になるという面もあるでしょう。全編通して、元の元にある作りたかった画面の意図をそのまま叩き込んだような、そんな力強さがあります。

 

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 一人一人に寄るのではなく、1カットに様々なキャラクターを収めていく画面構成も素晴らしい。この1カットからだけでも、登場人物それぞれの感情の流れを画面に収めようとする姿勢が伺えます。

 こうした15話と16話の差異を〈演助や制作出身の演出家〉と〈アニメーター出身の演出家〉みたいなわかりやすい図式に当てはめるのはいかにも安直という感じがしますが、そう考えてみたくもなってしまいます。もちろん、ちょうど最近鬼太郎が言っていたように、「どちらが一つでいいなんてことは絶対にない」(『ゲゲゲの鬼太郎 』(2018) 第3話 たんたん坊の妖怪城)わけで、こうした毛色の違う話数を同じ作品で堪能できるということ自体が、分業を主とするTVアニメの魅力なのだと思います。

 


*1:今こそ語ろう『天元突破グレンラガン』制作秘話!! 第8話 あばよ、ダチ公

*2:渡邊巧大さんが絵コンテを担当したのは、現時点で『タイガーマスクW』38話と『HUGっと!プリキュア』16話のみ。